拡散 -3diffusion -3

前回は、金属の腐食・酸化と拡散の関係について触れてみました。
今回は、物質の移動と拡散がもたらす現象について触れてみたいと思います。

鉄の錆も単なる表面の変色現象ではなく、金属原子や酸素イオンが相互に移動する「拡散」という物質移動のメカニズムが隠れているのです。

例えば、屋外に置かれた鉄は、空気中の酸素や水分と反応して酸化鉄を生じますが、その酸化膜が時間とともに厚みを増していくのは、酸素が鉄の中に、あるいは鉄原子が外に向かって移動しているからです。この内側から外側へ、外側から内側へといった双方向の拡散が、腐食・酸化の本質的な駆動力になっているわけです。

腐食や酸化の進行は、見かけ上は表面に皮膜が成長する現象として現れています。しかし、その速度を律速するのは、実際には酸化膜を通過するイオンや電子の拡散にあります。酸化膜は単なる不動の壁ではなく、半導体的な膜として酸素イオンや金属イオンを通す通路を持っていると考えます。

酸素が外側から内部へ拡散する場合、外表面で酸素分子が電子を受け取って酸化物イオン(O²⁻)となり、それが酸化膜を通じて金属側へ移動します。一方で金属が内側から外側へ拡散する場合、金属原子はイオン化して酸化膜を通り、表面で酸化物として析出することになります。このどちらの経路が優勢となるかは金属の種類や環境条件によって異なってきます。

アルミニウム(Al)やチタン(Ti)は自己受動化と呼ばれる現象を示します。これらの金属は空気に触れると瞬時に数ナノメートル厚の酸化膜を形成します。この膜は極めて緻密で拡散係数が小さいため、酸化の進行がすぐに止まるのです。この薄い膜は実質的に外部環境と金属を隔離するバリア膜として働き、AlやTiの表面は長期にわたって安定に保たれるのです。酸化膜を通る酸素や金属イオンの拡散が著しく抑制されることが、耐食性の本質となっています。

一方で鉄の場合、形成される酸化膜(酸化鉄)は多孔質で、内部に亀裂や空隙が存在します。そのため、酸素や水分が容易に内部へ浸透し、鉄原子も外部へ移動できるといった性質があります。このような拡散経路が豊富にあるため、酸化は止まらず、錆が進行してしまうのです。つまり鉄の腐食の進行性は、酸化膜の構造的不完全さと拡散の容易さによって決まっています。これが鉄は錆びやすいと言われる根本理由になっています。

腐食や酸化を理解するためには、拡散係数の温度依存性が重要になってきます。拡散係数はアレニウス式の通り、温度が高くなるほど拡散が急速に進むことがわかっています。したがって、高温環境下で使用される材料では酸化が飛躍的に加速し、わずかな時間で厚い酸化皮膜が形成されてしまいます。

ガスタービンやジェットエンジンの超合金部材では、この現象が寿命を大きく左右することになります。そこで、CrやAlを添加して「Cr₂O₃」や「Al₂O₃」といった緻密な酸化膜を生成させ、拡散を制御することで酸化の進行を抑制する対策をとっています。これらの酸化膜は高温でも拡散係数が低く、優れたバリアとして働いています。

「局部腐食」について考えてみます。局部腐食とは、金属表面の一部にだけ腐食が集中して進む現象で、「孔食」や「隙間腐食」が代表的なものになります。これらは単なる表面反応の違いではなく、電気化学反応と拡散による物質輸送の不均衡によって発生します。

海水中に浸された鉄は、表面に小さな欠陥や異質な部分が存在すると、そこが局所的なアノードやカソードとしての機能をもち、電気化学反応が進行します。このとき、酸素やイオンの供給速度が腐食の進行を決める律速段階になります。酸素が供給されにくい部分では還元反応が遅れ、その周辺でアノード反応が加速する結果、局所的に孔食が発生するのです。

孔食内部では金属イオン(例 : Fe²⁺)が急速に溶出します。外部へは拡散しにくいため、孔の中では金属イオン濃度が高まり、電荷中性を保つために塩化物イオン(Cl⁻)が内部に引き込まれます。結果として孔の中はpH低下と高塩化物濃度 という腐食促進環境となり、自己加速的に溶解が進むことになります。

腐食・酸化の進行を理解するにあたり、単に表面で化学反応が起きていると考えるのではなく、反応の背後には必ず物質の移動、すなわち拡散が存在していることを忘れてはいけないのです。耐食材料の開発や極限環境下での材料寿命に至るまで、拡散という現象を抜いてはいけないと考えます。

最後に、腐食や酸化は拡散に支配された化学反応と捉えることができるでしょう。我々が目にする錆や酸化皮膜は、分子やイオンが絶え間なく動き続ける結果として形成されたものであり、その速度を制御することが材料科学における最大の課題であると考え、日々研究に没頭しています。

拡散についての内容でしたが、いかがだったでしょうか? 普段の日常においても拡散を経験していることを実感することで、考え方も変わってくるのではないでしょうか。

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