蒸気圧 -3vapor pressure -3

前回は、いくつかの金属における蒸気圧の違いについて触れてみました。
今回は、金属薄膜と蒸気圧に対する実務的な視点で深掘りしていきたいと思います。

金属の蒸気圧を理解すると、熱処理で何が起きるかが見えてきます。

・蒸気圧が高い金属ほど、高温で表面から原子が抜け落ち、膜厚が減少します。薄膜やめっきでは無視できない量になることがあります。

・原子が抜けた跡に小さな凹みができ、表面が荒れたりします。

・合金の場合、蒸気圧が高い元素が優先的に蒸発します。その結果、合金全体のバランスが崩れることになります。

金属の熱処理は、蒸気圧による原子レベルの変化が静かに作用しているといえるでしょう。

薄膜やめっき膜は、厚さが数十nm〜数µmと非常に薄いため、蒸気圧による影響が顕著に表れます。薄膜では、ほんの数nmの蒸発でも形状が変わることがよくあります。膜厚減少がすぐに表面粗さに影響することもあるので注意が必要になってきます。

更に、蒸気圧の高い金属は、熱処理中に表面張力の影響を受けて「島状」に凝集することがあります。これは、蒸気圧だけでなく金属の濡れ性も関係しており、薄膜技術では注意すべき現象です。

めっき膜は合金ではないことが多いのですが、下地金属が蒸気圧の高い元素を含む場合、界面から蒸発が起きることがあります。薄膜材料では、蒸気圧の理解なくして熱処理を最適化することはできないといっても過言ではありません。

実際の熱処理現場では、蒸発だけが問題になるわけではありません。むしろ、多くの場合、蒸気圧の上昇と同時に起こる原子拡散や表面エネルギーの再配置によって、薄膜や金属表面の形状が大きく変わっていることが多いと考えます。

蒸気圧が高温で問題になる理由において、蒸気圧が熱処理で注目されるのは、蒸発するからだけではありません。その背景には、次の3つの性質が同時に働くためです。

高温で表面原子の結合が弱くなる : 温度が上がると、金属原子は激しく振動します。この振動が、表面の原子をゆるくし、脱離しやすい状態をつくります。

表面エネルギーが変化し、原子が移動しやすくなる : 金属表面は常になるべくエネルギーが低い形に変わろうとします。そのため、高温になると原子は表面を動き回り、安定な形に再配置されます。この再配置が、ディウェッティング(島状化)や粗化につながります。

 ③ 蒸気圧の差によって、合金では選択蒸発が起こる : 合金は複数元素の集まりなので、蒸気圧の高いものが先に蒸発します。これが組成変動を生み、物性変化につながります。

つまり、蒸気圧の上昇は表面変化・組成変化・拡散 の同時進行を引き起こす原因であり、「蒸発」はその一部分にすぎないといえるのではないでしょうか。

次回は、めっき膜の熱処理による変化と観察について触れてみたいと思います。

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